ペンテコステの日(キリストの復活と昇天の後、弟子たちがエルサレムの家に集まっていた時聖霊が下り、初めての教会が起こされた日。)を祝うための習慣をどうしてあまりやらないのかわかりませんが定められた習慣がないことによって自由に自分なりのやり方でこの日を祝うことができます。こどもたちに宣教について教え世界宣教の意味がわかるようにと外国について理解をふかめることは楽しい方法だと思います。またそのことをこどもたちが生活の中でやってみてくれればと思います。
外国の料理を食べてみる
各国の食べ物について知ることは面白いです。レシピはインターネットや料理の本で調べることができます。新しいレシピに挑戦することが大変と感じるなら身近にあるインド、中華、タイ、レバノンなどのレストランで食べてみましょう。
旅番組を見る
ディスカバリーチャンネルのような番組は海外について取り上げています。テレビは気軽に外国について知ることができます。適当な番組を探して録画すれば家族みんなで楽しめます。もうひとつの方法は図書館で本や資料を探すことです。しかしこれはこどもと話すことがいいでしょう。まずこどもが何に興味があるかを知り、それから世界中の一人一人に福音がのべつたえられるという、神様が与えられた世界宣教のことをこどもが理解できるように手助けします。
本を読む
宣教師たちの伝記を家族で読みます。それは楽しみとなり、神様が世界中でどのように働いておられるかをこどもが知ることは信仰の成長の助けとなります。特別な努力は要しません。私の家族は日曜日の夜に読みます。主人が日曜の教会での仕事を終えこどもとゲームやおしゃべりに疲れた時も本なら読んであげられます。本を読み終える前にすぐに次の本を読んでほしいとこどもはいうかもしれません。時にはこどもが退屈だと感じる本があるかもしれませんがその時には、こどもに神様に関する話がつまらないと感じさせるよりは別の本に替える方がよい時もあります。旅の本は外国を知るのに役立ちます。特に食事についてテレビで見たり本で知識を深めるのはいいと思います
ゲームをする
あなたが学んでいる国でプレイされているゲームはネットや図書館で見つかると思います。あるいはおもちゃ屋やゲームショップで買えるゲームで、興味のある国について知ることができるかもしれません。たとえば「ナショナルジオグラフィックミステリーボヤージゲーム」というボードゲームや「ジオサファリ」というテレビゲームがあります。私の子どもたちは国、都市、川の名前など、地図のどこに位置するかを学ぶことができました。このテレビゲームで国旗や貨幣の単位も学ぶことができます。
手作りをする
こどもたちの興味は様々ですから、それに合わせた方法もいろいろです。ゲームにそれほど興味がなくて、創作に興味のあるこどももいます。(私はこどもではありませんが、創作に興味があります)ですからそのようなこどものためにはすこし努力して外国に興味の持てるようなクラフト作りや材料を見つけてあげてください。ここでもインターネットや図書館が利用できます。
世界のために祈る
さて、家族が世界の人々についていろいろひることができたところで、世界にさらに深くかかわることにしましょう。そのひとつとして、世界中の人たちのために祈ることができます。「ことば」という手段をもちいて祈ることができます。「オペレーションワールド」という本のこども版には各国についてのいろいろな情報、例えば人口に対するクリスチャン人口の割合などが書かれています。それぞれの国の人々の生活などカラーページで紹介されています。そしてその国に必要な祈りの課題が書かれています。私は毎週水曜日にこの本2巻を用いてこどもたちとよく祈りました。
奉仕活動を計画する
こどもはよい手本を見ることと、手本を見て自分ですることによって学びます。奉仕活動はあなたがいっしょにしてあげることでその両方を身に着けさせることができます。何をさせればよいのか、それがこどもにとって良い経験となるように、良く調べて選んでください。特に早い時期にすることが大切です。将来にはこどもが困っている人たちを助ける必要を学ぶようになるでしょうが、何から始めるかは大切です。もしわからないときは牧師やユースパスター(青年やこどもにかかわっている牧師)にたずねてみてください。あるいはインターネットや地域の国際交流の働きを見てみることがよいでしょう。そのような集まりに参加して友達になる、家に食事に招く、書類作りの手伝いをする、外国から来た人たちにことばを教える、地域の店や学校、病院探しを手伝うなどいろいろな方法があります。もし外国にすんだ経験がなければ、簡単に思えるこのようなことも助けがないと実は大変であると気づかないかもしれません。海外から来たこのような人たちのために時間と労力を使うことが必要とされないでしょうか?
言うまでもありません。誰かが外国で住みにくいと感じ帰国してしまうことと、手助けしてもらうことによって、新しい環境に順応できることは明らかに違います。助けられた人たちはキリストの使節として帰国することになります。なぜなら、手助けをして友人となった人たちが救い主キリストを伝えるからです。私は本当にクリスチャンがこのようになることができればと願うばかりです。